「――危なかったね」

携帯電話を耳にあてたまま、周助さんは私を見た。

 「…あ、裕太?…いや、特に用事ってわけじゃなかったんだけど…
今度さ、母さんの誕生日もあるし、帰ってきなよ。
…うん、…ねえ裕太、元気無いみたいだけどどうかした?
――そう、ならいいけど…うん、じゃあね」

周助さんは携帯電話を閉じた。

 「裕太が出るまでに君が来なかったら…全部話してあげようと思ったんだけど」

背筋がぞくっとした。
それが嘘じゃないことはすぐにわかった。

このひとはなんて冷たい眼をするんだろう。

 「でも来たってことは覚悟してるんでしょ?」

わたしは何も言わなかった。

 「ふふ、安心してよ。が僕の言うことを聞いてくれるなら、
僕だって裕太にバレないように尽くすつもりだから。
…僕にだって不都合だしね」

 周助さんはわたしの手を取った。

 「やっ…」

つい、反射で声を上げてしまった。

 「…そういう声は、あとでいくらでも出させてあげるから」

周助さんに囁かれた耳が、凍り付きそうだった。


 ただただ無言で、だけど手だけは繋いだまま、電車に揺られ続けた。
電車はルドルフとは正反対の街に向かっていく。

わたしは怖くて、ただ震える足下だけを見つめてた。
誰にも見つかりませんように…
ただそう願って。

 「…降りるよ」

 周助さんはそう言って、立ち上がった。




 雰囲気でわかった。
まだ明るいのに、カップルだらけの通り。


ホテル街。

周助さんは何も言わずに、わたしの手を引く。

こんなところに、来るなんて。
…ただでさえ裕太以外のひとと――――…


わたしはまるで、目隠しでもされてるみたいに、顔を上げなかった。


 「…入って」

周助さんに言われるまま、わたしは一室に入った。



帰りたい。
今すぐ、こんなところ抜け出して。


裕太 の トコロ に リタイ 


 「…っ」
わたしは涙を止められなかった。

 「、泣かないでよ」
周助さんが、少し苛立った声で呟く。

 「泣かせたいんじゃないんだよ…」


わからない。

どうしてあなたがそんな顔するの?


 「ただ…を愛してるだけなのに」
 「わたしが愛してるのは裕太だけ!!」
 
幸せだった。
裕太と居るだけで。

それなのに、あなたが壊した。
全部壊したのよ!!!

 「返してよ!!ぜんぶかえしてよぉ…」

涙しか出ない。

 「きみは返せない。でも、僕をあげるから」
 「いらないっ…もうっ…何にもいらない!!!」


裕太との、あの幸せな日々が戻らないなら。


 「僕が裕太のかわりになるから――」

そう言って、周助さんはわたしの躯をベッドに埋めた。


抵抗する気なんてもうなかった。


周助さんの唇が、躯中をすべっていく。


 「だからもう、泣かないで」

そう言って彼はその舌で、わたしの涙をすくった。

 


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